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a c o r i 2 - l i v e ・ r e p o r t. ----------------------------------- |
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石川真理子(vo+g)
+サポートギター 穏やかに始まった。 サポートギターの彼と、チューニングを合わせながら、 好きな散歩の話など、聞かせてくれる。 微笑ましい。 なるほど、聴いていたい歌を歌う人だ。 その歌とともに、彼女は、とてもいい表情を見せる。 そんな彼女は、まだまだ、見たこともない魅力がつまっている。 それは、きっと、歌心をわかっているからなのだろう。 だから、また次に出て来る、石川真理子が楽しみな気持ちになった。 いつか、これが石川真理子だっていう、究極のものを、 是非是非、聴いてみたい。 そんな日を期待させてくれた。 素敵な時間をありがとう。またステージで。
ライブ映像(300k)フルサイズ(4:15)
ライブ映像(56k)フルサイズ(4:15) 鎌田ヒロユキ(vo + g) いつものように、いつものステージをこなす。 昔好きだった、「ローディ」という歌が、ふと、頭に浮かんだ。 (歌詞が正しいかどうか・・・。定かでないのは、申し訳ない。) 正直、深く癒される世界をこれだけもっているのだから、 もっと、違う一面を見たくもなった。 もちろん、「違う面」というのは、「本質的」な意味で、である。 そんな風に思うのは、すこし、意地悪かもしれない。 それでも、やはり、いいステージだ。 やはり、’鎌田ヒロユキ’は自分の世界をまっとうしている、と思う。 だから、心がゆれるのだ。 そんなステージに、ミネラルウォータ(!)を片手に、 またフラっと立ち寄るのだろう・・・。 ライブ映像(300k)フルサイズ(8:56)
ライブ映像(56k)フルサイズ(8:56)
| 藤原豆子(vo + pf) 慣れないアップライト・ピアノと向き合ったソロステージ。 いつもと違う環境に、少しの緊張感があった。 音が硬いのは、緊張のせいもあったのだろう。 また、少々セッティングにしっくりこなかったのかもしれない。 いまいち乗り切れていないままステージが始まった。 それでも、数曲後には、彼女自身の世界に会場を染めていた。 今日のステージで強く感じたのは、彼女の音楽が、 もっと、純粋に彼女自身に向き合ったとき、 きっと、それは、一層、素敵に変わってゆくのだろうってことだった。 たとえ、いま表現していることを同じように表現したとしても。 それまで暖める意味は、かなり、ある。 そんな気がしてきた。 その世界を、是非とも、見せて欲しいって思う。 それは、きっと、もっと、深くて優しくて、暖かい音なのかもしれない。 ライブ映像(300k)フルサイズ(3:52)
ライブ映像(56k)フルサイズ(3:52)
タケル +サポート(g+pf) 結局タケルが、一番観客と対話していたようだった。 不器用な仕種の中にも、ステージからの思いやりが手に取るように分かる。 歌に専念できるなら、安定して冒険できる才能をもっていると思う。 本人が気づいているのかこればっかりは、定かでないが・・・。 そのグワーンと伸びる彼女の声には、微妙な恋心がゆれ映るように、 切ない旋律を力強く伝えるチカラを見た。 そして、サポートの佐藤大の安心して歌えるそのスペース作りは、やはり、才能なのだろう。 どんなにバリバリなミュージシャンであっても、歌を殺してしまっては、元も子もない。 一般論になってしまうが、こればっかりは、いくら死にもの狂いで、練習したとしても、 そのスペースが確実に出来るものでもなく、 その視点にミュージシャン自身の音楽的本能が、 気づくか否かでしかない。 もっとも、そこに気が付くと、ミュージシャンは皆、 きっと、ある部分ではとても楽になると思うのだが・・・。 これは、プロ、アマ問わず、言えると思う。 バラードと一口に言っても、さまざまなものがある。 ある意味、世の中には、吐いて捨てるほどの音楽が、飽和してゆく。 当然、音楽だけでは・・・ないが・・・。 話を戻すとすると、その中で、あなたなら、 なにを聴きたいのだろうか? そんな可能性がシンガー・ソングライター「タケル」には、確実に存在する。 かなり、マジに、である。
ライブ映像(300k)フルサイズ(8:24)
ライブ映像(300k)フルサイズ(5:16)
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最後になったが、私は、スルメな生き方がしたいと、本気で思う(笑)。 きっと、人の味って、いうのは、 面白みっていうのは、そういうものなんだろうって、 最近になってようやく、素直に、そう感じ始めたのである。 (これが三十代というものなのか・・・(笑)、ワカラン。) さて、味覚の秋だ。旬の秋刀魚でも買って帰ろう・・・。 Yours ever. |
・・・・・・・・ 追伸: 9月12日、朝。 常々思うのは、喜怒哀楽といったものは、例外は兎も角、歌の世界では、 ある意味で、とても、安定した世界に包まれる、ということである。 またそれは同時に、あらゆるチカラとあらゆる無力さの背中合わせの世界でもある。 つまり、逆を言ってしまえば、その世界の外側には、危うい声が渦巻いているとも 言えるかもしれないのだ。 そして、そこで、僕らが表現することは、まったくをもって、自然なことだと思う。 たとえ失敗があったとしても、格好わるくても、情けなくても・・・。 何故って、それは、新しい出来事の連続なのだ。 そう、時々、恐くなる・・・。 けれど、それがきっと、この世に生を受けた者の、 痛みを正面から、見つめていく、一つの架け橋なのだと、思う。 |
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・・・・・・・・・・・・・・・・ 2001/09/07 Fri Text by Takeshi Ono (TEAM @ ONO) |